ユニバーサルデザインの理念をまちづくりに・・
2004年も残りわずかとなりました。今年は数々の事業を企画し、例年にない忙しさとなりました。
同夢は設立以来、公共施設のバリアフリー調査を中心に活動してきました。しかし、今年度は「県民講座・人権講演会」「歩行空間の調査マニュアルづくり」「名張発・ゆるやかな協働を考える市民会議」「ユニバーサルデザインアドバイザー養成講座」などなど。地域の人たちと一緒にまちづくりを考える活動をしてきました。
県民講座(ユニバーサルデザインのまちづくり)では、摂南大学工学部教授の田中直人先生に講師として、来ていただきました。「地域やさまざまな人とのつながりを大切にすること。人がやさしくなれるまちづくりをめざすべきである。」ということを教示していただきました。
人権講演会では、(財)三重県韓国人教育会の金憲裕さんから、「市民社会の光と影」と題して、講演をしていただきました。「共生社会は自立した市民で支え合う社会で、その実現のためには本音で議論できることである」という言葉が参加者の心に残りました。
三重県のUDではまだ取り組まれていない「歩行空間」の調査と研究も二年目になりました。会員の鍛信義さんが、伊賀県民局の協働塾に提案し、住民がまちづくりを考えるツールのひとつとして、NPOと行政の協働で「調査マニュアルづくり」をしています。住民の視点にたった、わかりやすいものをめざしています。十二月から三重県ホームページ「ネットで県民参画」に会議室を開設して、多くの人たちからの意見を求めています。
名張市市民活動率先事業に、住民と行政が新しい時代の公について協働で検討する「名張発・ゆるやかな協働を考える市民会議」を提案しました。四日市大学総合政策学部助教授の松井真理子先生にアドバイザーとして、かかわっていただきながら、来年の2月まで、会議を重ねていきます。
「ユニバーサルデザインアドバイザー養成講座」は、新しい時代の公を担う「人材養成」を目的としたものでした。さまざまな人たちへの理解を深め、地域に根付いた活動をしていくことが、まちづくりのアドバイザーに求めめられています。
住民の参画を求めないで、つくられてきたまちは、さまざまな立場の人たちにとって生活しやすいものではありません。施設や道路などの「もの」づくりから、ユニバーサルデザインのまちづくりは生活している「ひと」を中心に置いています。地域づくりの主体である住民が参画できる「しくみ」づくりも欠かすことができないものです。
ノーマライゼーション・少子高齢化の進展により、誰にとっても当たり前に暮らすことができること。自国のことばや文化をもつ外国人との共生。性別にかかわりなく、個性と能力を発揮できること。多様な価値観をもった人たちが、共存できる社会が「ユニバーサルデザイン社会」であるといえるのではないでしょうか。
お世話をいただきましたみなさま、ありがとうございました。
ユニバーサルデザインの理念を地域に・・2005年度も、活動していきたいと思います。
どうぞ、よろしくお願いいたします。
(孫 美知 04.12.23) |
ユニバーサルデザインアドバイザー養成講座
10月16日から11月27日まで、いがまち保健福祉センターで「ユニバーサルデザイン(UD)アドバイザー養成講座」を開催しました。毎週土曜日の全八回講座で、ユニバーサルデザインのまちづくりの担い手となる「人材の養成」という非常に責任の重い取り組みをさせていただきました。
伊賀で人が集まるのだろうかという不安を抱いていましたが、32名の方が参加の意思を表明してくださいました。参加の動機はそれぞれ違いますが、「UDについて学びたい」という意欲をもった方たちばかりで、主催者側としては非常に緊張しました。ところが、連絡もなしに一度も出席しない人、途中から出席しなくなってしまった人、遅刻をしてくる人、講義中に私語をする人、本を読む人、携帯メールをする人、居眠りをする人などに、一気に緊張感が吹き飛んでいきました。受講生からの苦情に対応しなくてはならない。頼んだスタッフは来ない。さまざまな予期せぬアクシデントに見舞われ、落ち込みました。
「捨てる神あれば拾う神もある」という言葉がありますが、そんなときに支えてくれる人たちの存在があったことが救いでした。社会福祉協議会の職員で、自らも受講生として参加し、公私ともお世話をしてくれたHさん。UDアドバイザーの先輩でスタッフとして参加してくれたIさん。Kさん。同夢会員で今回受講生として参加してくれたMさん。IHさん。ITさん。受講生のKさん。Nさん。一回も休まず出席してくれた受講生・・など。ありがとうございました。
受講生は講義ごとに、勉強した内容と感想や意見などを書いて、提出しました。講義を受けながら、休憩時間も席を立つことなく、多くのことを書いてくれました。
「個人の多様性・・原点に返り、本当のユニバーサルを感じた。身近にできる事がたくさんあり、私も今日から実践したいと思います。」
「まず自分の問題として考えること。というところに特に共感を覚えました。自分も含めて、より多くの人が自分の問題として、日常すべての事に目を配り、耳を傾けていけば少しずつ変
化の起こることだと感じます。」
「ユニバーサルデザインの本質を学ぶ事ができました。平素からバリアフリー化が本当に役に立っているかどうか(すべての人にとって)で、何かもやもやした気持ちがありました。より多くの方々の参加する中でお互いの意見を出し合う過程の大切さを痛感することができました。」・・など。
ワークショップでは
「メンバー全員で協力しながらできたので、作業もスムーズに進んだし、きれいにわかりやすくまとめることができました。まとめながらも、お互いの意見を言い合いながらやれたので、より理解も深まってよかったです。」との感想があり、連帯感も生まれてきました。
今回の講座で、一番勉強させていただいたのは同夢です。活動に追われて、ひたすら走ってきました。受講生が一生懸命勉強している姿を通して、私たちは初心に返る事ができました。受講生のみなさんには、今後もさまざまなことにチャレンジしながら、迷ったときには、講座で学んだことを思い出して、活動していただきたいと切に願っています。
みなさん、お疲れさまでした。
(孫 美知 04.11.25)
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視察研修から・・(桔梗が丘駅から泉が丘駅まで)
十月十九日、伊賀県民局協働塾の提案事業「近鉄桔梗が丘駅周辺の人にやさしい歩行空間の調査と研究」で視察研修に行きました。目的地は大阪府堺市にある国際障害者交流センター「ビッグ・アイ」です。
参加者は桔梗が丘住民の方、車いす使用者のTさん、視覚障害を持ったY
さん、名張市・県民局の行政職員さん、
同夢の二十一人でした。出発場所は桔梗が丘駅でした。高架の駅なのですが、エレベーターが設置されていません。Tさんには、エレベーターが設置されている名張駅から乗車してもらうことになりました。
今回の研修は電車を使用して、桔梗が丘駅、難波駅、泉が丘駅までの移動経路と駅の様子などを調査し、十月三十一日に予定している「桔梗が丘駅周辺の調査」と基本フォーマット作成に活用することが目的です。
まず、驚いたことは、車いす使用者は自由に特急電車に乗ることができないということでした。乗車する日が決まっているので、Kさんが近鉄に問い合わせたところ、「前日にならないと、車いす対応の車両が走るかどうかわからない。」という返事だったそうです。いつでも自由に、特急電車に乗ることができるのは、健康な者に限られているのです。
難波駅ではエレベーターまでの通路が狭く、ホームの端を通って行かなくてはならず、車いすが脱輪する危険を感じました。健康な人が階段を上がっていくとすぐに出られる、南海難波駅へ行く通路へは、エレベーターを使用すると、いろいろな通路をぐるぐる回らなくてはたどりつくことができませんでした。通路も急な角度のところが何ヶ所かありました。また、エレベーターがなく、エスカレーターを使用することになる所があり、車いす使用者には、大変負担になるのではないかと思いました。
泉が丘駅から、ビッグ・アイへつながる通路へ出るのに、車いす使用者は外部に出て、エレベーターに乗らなくてはなりません。雨が降っていました。入口は庇が高く、短く、雨に濡れてしまうことになりました。
十九日は雨が一日降り続き、TさんとYさんには非常に身体的な負担をかけていまいましたが、一緒に行って下さったことで、さまざまなことに気がつくことができました。まだ、まだ、建築と交通は、健康な人中心に考えられ、作られています。そして、施設を後から改修すると、エレベーターの設置場所や移動経路をみても、無駄な動線が作られ、移動制約者には負担がかかることになることがわかりました。
今回の体験から、年齢、性別、身体、国籍など、人々が持つさまざまな特性や違いを超えて、はじめから、できるだけすべての人が利用しやすい、すべての人に配慮した環境、建物、施設、製品等のデザインをしていこうとするユニバーサルデザインの考え方(ロナルド・メイス)をあらためて実感することができました。 (孫 美知)
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バリアフリーとユニバーサルデザイン
「ユニバーサルデザインって何ですか。」と、知り合いの方に聞かれました。あらためて、説明をしようと思うと、なかなか適当なことばが見つかりません。「バリアフリーと、どう違うのですか。」とさらに聞かれ、きちんと説明できなくて、ためいきをついてしましました。
よく誤解をされてしまうのですが、バリアフリーはユニバーサルデザインを進展させた考え方ではありません。しかし、二つの概念のその発祥の地はアメリカです。
@ 「バリアフリー」
(障壁を取り除くこと)
1960年以降、朝鮮戦争・ベトナム戦争、自動車事故などで、多くの障害をもった人たちが生活をするようになりました。1968年には、身体障害者に対する建築物等における、物理的な障壁を除去するための「建築障壁撤去法」が成立し、1990年には、「ADA法」が制定され、雇用・交通・建築物・情報について、障害を理由とする差別を禁止しました。
A 「ユニバーサルデザイン」
(すべての人が使いやすいデザイン)
1970年代後半、ポリオの後遺症で、酸素ボンベと電動車いすを使用していた、ノースカロライナ州立大学のロナルド・メイス氏は障害者のために特別なものを作りだすことは、余計なコストが生じるだけでなく、差別を助長させることになると考えました。
1995年には、「ユニバーサルデザインの7原則」*を示しました。
この二つの概念の背景には、デンマークで制定された「1959年法」に織り込まれた「ノーマライゼーション」の理念があります。
(障害がある人も、ない人も共に生きる社会こそがノーマル(普通)な社会である)
日本では、国連が1981年を「国際障害者年」と定めたことを契機に、ノーマライゼーションの理念が広まり、障害者に対してのみならず、高齢者や子どもなどを含む社会福祉全般の理念として定着してきています。
高度経済成長の時代から、生産活動を担う健康な人中心に、まちやものは作られてきました。障害をもった人や高齢者にとって、生活の中での障壁となるものを取り除いていくことが、バリアフリーです。どちらかというと福祉施策としてとらえられ、特定の人を対象とした「問題発見・解決型」です。
ユニバーサルデザインは、少子高齢化の進展や多文化共生などの社会変化により、すべての人を対象に、最初から誰もが使えるものをめざした「創造的提案」です。人々のニーズやウォンツ(求めているもの)を知り、それを実現していくために、ときには社会全体の価値観を問い直すことも必要です。ユニバーサルデザインは、すべての人がしあわせになるための環境創りであり、
「ひとり一人の違いを認め、尊重する」という人権の理念が内包されています。
違いをわかっていただけたでしょうか。
(孫 美知)
*ユニバーサルデザインの7原則*
@公平性 A柔軟性 B単純性と直感性 C認知性 D安全性
E利用時の効率性 Fアプローチのスペースとサイズ
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地域の広がりの中で・・
6月5日に三重県上野庁舎で開催した講演会「ユニバーサルデザインのまちづくり」をはじめに、7月11日には、名張市のふれあいで「公共施設とユニバーサルデザイン」を開催しました。8月27日は三重県上野庁舎で、人権講演会「市民社会の光と影」。9月26日には再び、名張市のふれあいで「高齢者とユニバーサルデザイン」の講演会を開催する予定です。
ユニバーサルデザインは、すべての人がしあわせになるためのデザイン(設計・暮らし)です。誰もが自由に社会参加できるためには、ハードの整備だけではなく、ひとり一人を個人として、尊重し、価値観の違いを認め合うことが大切です。
ユニバーサルデザインをまちづくり、公共施設、多文化共生、高齢者とさまざまな視点から見ていこう。考えていこうと、参加者を募り、講演会を開催しています。開催していくたびに、会員が増えています。講演を聴いていただき、活動を理解していただい
てのことだと、こころから、感謝しています。
7月13日から、野呂昭彦三重県知事に「車いす使用者駐車場に停めません・宣言」署名をしていただき、啓発活動を始めました。 伊賀県民局の協働塾で、提案した「人に優しい歩行空間の調査と研究」が採択され、住民・県民局・名張市と歩行空間について、考え、議論していく場をもつことになりました。
8月4日には、同夢提案で、伊賀地域にあるユニバーサルデザインのまちづくり活動をしている四団体で、「UDネットワークいが」を作り、情報交換していくことになりました。
8月22日の上野市納税貯蓄組合連合会の指導者研修会講師として、建築士のTさんから、推薦をしていただきました。10月16日からは、伊賀町社会福祉協議会のご協力で、「ユニバーサルデザインアドバイザー養成講座」を開催させていただくことになりました。
地域の方々のご支援で、同夢の活動が確実に広がっています。活動はボランティアの域を超えたものになっています。NPOというと、まだまだ行政の下請け、安い労働力と思われているところがあり、一生懸命やればやるほど、矛盾を感じることがあります。それは、同夢自身にも、どこか安易な部分があり、自己満足で終わってしまったり、専門知識を持っているとはいえ、中途半端なものでしかないということも否定はできません。企画提案能力と問題解決能力、専門的なスキルをもつことが、課題であると思っています。同夢は「ユニバーサルデザイン専門のシンクタンク」をめざしています。そのためには、会員ひとり一人が日々、自己研鑽を重ねていかなくてはならないと思っています。 そして、法人格を取るための手がかりをさぐっています。
今後も、みなさんのアドバイスとご意見をよろしくお願いいたします。
(孫 美知)
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共生社会とNPOの役割
先日、伊賀地域に定住する外国人支援を行うNPO「伊賀の伝丸」の皆さんによる「外国人アドバイス事業」の報告会が、伊賀県民局で行われました。
まず驚くことに、伊賀地域に在住する外国人登録者数は、平成15年9月末現在4,300人を超えており、中でも上野市は、全国で上位8位に位置付けされるほど外国人比率が高いそうです。この背景には、少子化に伴う労働力確保対策として、日系外国人の受入れを大幅に緩和する法改正が平成2年に行われた経緯があり、就労を目的とした日系南米人の来日が年々増加しています。
さて、この報告会で私が最も驚いたのは、在住外国人への差別の問題です。「外国人アドバイス事業」の報告では、地域の外国人が直面している問題として、「外国人に対する差別意識」が2位を大きく引き離してトップに挙げられており、この地域の人々の中に、差別意識があることを浮き彫りにしました。
差別の具体的な事例として、「技術研修生が雇用主にパスポートを取り上げられているそうだが、それが人権問題なのかどうかよくわからない」という担当者の発言や、盗難事件の現場に立ち会った警察官が、意味もなく「この地域は外国人が多いから」と発言したことなどが紹介されていました。
また数年前にこの地域で「外国人が殺人事件を起こした」という根も葉もないうわさが流れ、多くの住民が恐怖感を持ったということがあったそうです。これを聞いたとき私は、関東大震災の時、「朝鮮人が井戸に毒を流した」というデマが流され、これによって5万人を超える朝鮮人が、一般の人々に虐殺されたことを想起せずにはおられませんでした。私自身が在住外国人ですから、このような事件から「普通の人々」の差別意識の恐ろしさを、特に強く感じてしまいます。
三重県では、「在住外国人との共生社会づくり」をめざしています。共に生きる、お互いの違いを認め合って生きていく、という「共生社会」は美しい言葉です。しかし、このような根深い差別がある地域社会を放置していては、真の共生社会の実現はありえません。
私は、共生社会の実現のためには、いかに現実社会において共生が実現していないかを鋭く指摘することが重要だと思います。批判的な視点がなかったら、「共生社会」という美しい言葉だけが上滑り、真実の姿が見えなくなる危険性があります。
さて、今回の「外国人アドバイス事業」の報告会では、差別の暗い側面だけでなく、未来への明るい希望を感じさせられたこともご紹介したいと思います。それは、共生社会の実現のために、NPOが果たす役割のすばらしさが見えてきたことです。
今回の事業でNPOの皆さんは、476件の相談に関わられたそうです。そのすべてが個別の相談ですから、さぞ大変だったことでしょう。解決に当たっては、「困っている在住外国人のために何とかしてあげたい」という気持ちがまずあって、「どうすれば解決するのか」と真摯に考えて行動されています。
この事業に関わったNPOの人たちが「外国人やその実態を知らないことが、事実をゆがめ多くの誤解を生じている。」「多くの日本人は隣の人が外国人であると、話しかけることもせず、勝手に先入観を形作る。そのことが共生を難しいものにしている」と発言されているのをお聞きしますと、共生社会の実現に向けて、深い問題意識をお持ちであることにも心を打たれました。
伊賀に在住するすべての外国人が自由に就労し、無期限の滞在が認められているわけではありません。ビザなし就労のために、不当な人権侵害を被っても公的機関への訴えは躊躇する人もいます。賃金の不払いなど、劣悪な労働条件であっても、行政機関の救済をあてにすることは少ないのです。このような外国人の方々にとって、安心して救いを求められるのは、行政ではなく、国家の枠組みを超えて人権擁護の観点から活動してくれるNPOなのです。
報告会の最後に、この事業に参加したNPOの皆さんから、会場の聴衆者に向かって呼びかけがありました。
「この会場の中から仲間が増えることを期待します。そのつながりが地域を良くする。そのことを信じています。」
ここでも、伊賀びとが輝いてます。
( 金 憲裕 )
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市民活動への思い
先日、四日市大学総合政策学部の松井真理子助教授の講演を聴きにいきました。「市民活動はなぜ必要か」と言うテーマでした。ゆっくり考えることなく、実践を積み重ねてきた者にとって、理論的な話は非常に貴重で、今までの活動をあらためて振り返ることができた有意義な時間となりました。
市民とは、○○市に住んでいる住民ではない。自分でいろいろなことが判断でき、主体となって活動できるという意味をもって、市民と表現するのだそうです。毎日の生活の中で、「おかしい」「なんとかしなくては」と思うことのなんと多いことでしょう。矛盾を抱えて、暮らしています。見ないように。触れないように。考えないようにすることで、傷つかないようにしているのではないでしょうか。
活動の原点は、それぞれ違います。
松井先生は子育ての悩みから、学童クラブを作ったことだったと、語っていました。私の場合は、高齢の母が病気
になったとき、自宅での生活に不便さ
を感じていたことを知りました。高齢になり、体が不自由になっても、自宅で生活できる「住環境」作りをしようということから、活動が始まりました。自分の身近なことからの出発が、まちづくりへと、発展していきました。
まちにはものがあふれ、物質的には豊かであるのに、こころは満たされることなく、荒廃しています。自分にとって意味あることは何なのか。意味が
見出せる生き方をしたいと、願っている人は少なくないのではないでしょうか。
行動すればするほど、深まっていく
矛盾。公共施設のバリアフリー現状調査で、放置されている「身体障害者トイレ」を見たときに、このまま黙って見過ごすことができないと思いました。「すべての人の社会参加」を考えて、まちづくりをしようとしているときに、「参加を阻む現状」について、自分が直接関係することではないと、
置き去りにされていることのなんと
多いことでしょうか。
人の立場になって考えること、行動することの難しさは確かにあります。
小学生が同級生を殺害するなどの、今まで、誰も想像することのできなかった事件が多発しています。七月二十三
日付の新聞では、昨年一年間の自殺者が3万4427人と過去最悪で、急増していると報じられていました。
「こんなことがあっていいのだろうか」。困惑と不安が交錯しています。いま、松井先生が語られたように、「自分と社会、自分と他者との関係の中でどう生きるか」模索することが、より
求められているのではないでしょうか。
生活の中で、身近なことから、感じた問題を自分だけではない、社会の問題として提議し、みんなで考えていくことが市民活動の基本ではないかと思います。
みなさんも、ご一緒に活動してみませんか。 (孫 美知)
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「車いす使用者駐車場に停めません」宣言
三重県バリアフリーのまちづくり推進条例は、「すべての人の人権が尊重され、共に暮らすことができる社会実現」をめざして、一九九九年に施行されました。その整備基準では、駐車場を設ける場合の遵守項目があげられています。
「駐車場を設ける場合で、三十台未満のときは、車いす使用者等の利便を図るため一台以上の駐車区画を設け、三十台以上のときは、一以上の専用駐車区画を設ける」設置するにあたっては、
イ.車いす使用者の移動距離をできるだけ短くして、安全の確保と利便に配慮して、「建築物出入口に最も近い位置に設けること」
ロ.車いす使用者が自動車に乗降できるように十分なスペースが必要なため、「区画の幅は三百五十cm以上とすること」
などの規定を守らなくてはなりません。
最近、「車いす使用者専用駐車場」であるという表示(車いすマーク)があるにもかかわらず、入口に近いから、空いているからということでしょうか。必要のないと思われる人が、駐車場を利用していて、車いすの人が停められなくて「困った」ということを聞いたことがあります。車を停めてしまう人たちは、「なぜ、幅の広い、入口に近い駐車場」が必要なのかを知らないからではないでしょうか。
・区画幅が広いのは、乗り降りする時や車いすを積み下ろしする時に、車いすの幅分だけドアを全開にしなくてはならないからです。
・入口近くに設置しているのは、車いすに乗ると、ドライバーからその姿が見えにくくなるため、安全を確保する必要があり、雨の時は傘をさしての移動ができないからです。
健康な人を中心に作られてきた「施設」は、高齢者や障害をもった人たちにとって、使いにくいものであり、まちに出たいという気持ちを阻んできた原因のひとつでもあります。高齢社会の到来や、ノーマライゼーションの理念によって、「安全で安心なまちづくり」が進められています。さまざまな人たちの存在を知り、違いを認め合うことが「ユニバーサルデザインのまちづくり」への第一歩でもあります。
同夢は住民の方々に「車いす使用者駐車場」の理解をしていただくことで、「だれもが自由に社会参加ができるバリアのないまちづくり」を広げていきたいと思っています。この活動は、伊賀県民局の保健福祉部・生活部・企画調整部の職員さんと協働で、進めていきたいと思っています。まずは、住民でもある県職員さん自らが見本となって、署名をしていきます。そして、その氏名を「同夢・ホームページ」上で、住民のみなさんに公開してく予定です。
みなさん、ご協力をよろしくお願いいたします。
(孫 美知)
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暮らしの情報センター
2004年4月12日、念願であったサテライトオフィスを開設することができました。事務所は「シーオーティ」という喫茶室の一部をお借りしています。喫茶室のオーナーと会員の一人が顔見知りだったこともあり、昨年の名張市での公共施設調査の合間にお茶を飲みに行っていました。それがご縁で、同夢の活動を知っ
ていただくことになりました。
「事務所を探している。」ことをお話すると、快く喫茶室の一部を提供してくださいました。サテライトオフィスは悩んでいることや困っていることがある人たちが、気軽に話しに来ることができる場にしたいと、「暮らしの情報センター」と名づけました。新聞各紙や情報誌のインターネットで紹介していただいたこともあり、さまざまな方々に知っていただくことができました。「話を聞いて欲しい」と訪れる人が増え、「名張の人と顔見知りになって欲しい」と、講演会の依頼もありました。
同夢では、バリア(壁)について、自分が何をしたいのかわからない。何ができるのかを知る術がない。自信が持てず、自らの行動を妨げてしまうことを内的バリア。自分がしたいと思うことがあっても、法律などの制度で阻まれる。周りの人たちの理解が得られない。環境や社会のしくみで妨げられるものを外的バリアと定義しています。
自分が自分らしく生きることができないのはなぜなのか。今、目の前に存在するバリアは内的なのか。外的なのか。まずは自分自身について、知ること。気がつくこと。理解することが大切ではないでしょうか。自分の周りで起こることは、自然災害以外は、自分自身に起因していることが多いからです。病気や障害は自らの力で直すことはできませんが、考え方や行動は努力することによって、変えることができます。第三者がアドバイスをすることで、自分のことを客観的に見ること。輝くこと。行動することにつながっていけたらと、情報センターの中に「相談室」を設置しました。地域の持っている専門的な知識や情報を伝えることで、バリアを取り除いていくことのきっかけにして欲しいと思っています。
同夢は人と人が出会い、支え合って暮らしていくことのできる地域社会をめざしています。「情報センター」が出会いの場となり、支え合う機能をもつことで、住民が「喜怒哀楽」を分かち合うことができ、共に暮らしていく存在として、認め合えることを願っています。
みなさんのおこしをお待ちしています。
(孫 美知)
自律的な活動をめざして
「同夢」はNPOなのか。ボランティアなのか。最近、そんな質問を受けました。
大辞林によれば、NPOは「非営利組織。政府や私企業とは独立した存在として、市民・民間の支援のもとで社会的な公益活動を行う組織・団体。」ボランティアは「自発的に事業に参加する人。特に,社会事業活動に無報酬で参加する人。」という意味だそうです。
NPOとボランティアの違いは団体か個人か。有償か無償か。公益を目的としているのか、自由意志なのか。ということでしょうか。共通していることは営利目的ではなく、共に支え合い、助け合う地域づくりの推進に、その役割が期待されていることです。
活動のスタートは、伊賀地域公共施設のバリアフリーの現状を知るため、八十二ヶ所の調査をしました。みなさんと一緒に仕事の休みを利用して、自発的に、取り組んだものです。自分たちの自主的な活動なので、かかった経費は自分たちで負担しました。調査内容については、
手作りでしたが、「報告書」という形にして、社会に公開しました。ひとりでも多くの方に知っていただきたいとの思いをこめて・・
地域での活動は、自分の意思と、共に行動する仲間がいれば始められるのではないでしょうか。「同夢」は、バリアフリー活動を伊賀地域の方々に知っていただくことで、上野市と名張市の小学校や中学校から、子どもたちに活動紹介をして欲しいという依頼があるようになりました。また、名張市や三重県からは委託事業をいただくことができました。
常に、「地域のさまざまなバリア」について考え、住民の方々の立場になって、自分たちができることを模索してきました。活動は月一回発行の会報誌やホームページに掲載することによって、住民の方に知っていただくようにしてきました。活動報告会や報告書を通して、自己満足に陥らないためにも、情報公開をしてきました。
事務所もなく、それぞれが仕事をしながら、活動を継続してきました。四年目に入って、名前だけではない、「NPO」であると胸をはって、言えるようになりたいと思っています。
近日中に、名張市にオープンオフィスを開設することになりました。地域の生活課題の解決や、支援を必要としている人たちの相談に対して、持っている能力を住民につないでいきたいと、「場づくり」を計画しています。そして、将来的には雇用の場も作っていきたいと思っています。
これからは、気持ちを新たにして、社会的使命と責任をもって、自律的な活動ができるようにしていきます。
みなさまのご支援をよろしくお願いいたします。
(孫 美知)
多文化への理解を・・
1990年から、中南米出身の日系人、中国残留孤児、インドシナ難民などが定住して、多文化社会が進行しています。
同夢の二〇〇三年度の活動の中に、「多文化共生ネットワーク」への参加があります。「多文化共生ネットワーク」の目的は伊賀地域において、言葉・子育て・職業などの外国人が抱える生活課題の支援を進める人や団体とのネットワークを作ることです。ひとりでも多くの人たちが在住外国人に対しての理解を深め、共生していく「存在」として認め合うことを前提にしています。
一般的に、バリアフリーでは、バリアは「物理的なもの。制度。文化・情報。意識」の四つあるとされています。日本で暮らす外国人には、三つのバリアがあるそうです。
一つ目は「こころ」です。生活習慣などの違いを知らないことで、偏見が生まれています。
二つ目は「制度」です。日本人には
ない二つの法律が外国人にはあります。「外国人登録」と「在留資格」です。
日本に続けて在留しようとするときは在留期間が満了するまでに在留期間更新の手続を行うことなどが上げられます。
三つ目は「四つのバリア」にはない
「ことば」です。日本語を学ぶ機会が不足していて、ことばがわからず、意思の疎通ができない。日常生活で必要な情報が伝わらないということがあります。
伊賀地域の中でも、上野市は総人口に占める外国人の比率が5.16%で、三重県下でも第一位になっています。ブラジルやペルーなど三十二ヵ国
の人たちが生活をしています。上野市では在住外国人のさまざまな問題の解決に取り組んでいくために、二〇〇三年に「外国人集住都市会議」に加盟しました。また、全庁的に対応するために、「上野市在住外国人対応町内連絡会」を組織して、共生の取り組みを進めています。
共生していくためには、地域住民として認められ、その権利が保障されなくてはなりません。日本語を学ぶ機会が保障されること。母国語でも日常生活に困らない環境作りなどが大切です。(ごみの回収日など必要な文書の翻訳。病院へ通院時の通訳など)文化の違いを積極的に知り、尊重することも必要です。
日本弁護士連合会は十月に宮崎県で開く人権大会シンポジウムで、
「外国人基本法案」(戦後補償・民族教育関係・差別禁止など)を提言する予定です。人的支援だけでなく、制度としても位置づけていくことが求められるのではないでしょうか。
みなさんは、どのように思いますか。
同夢は今後も多文化共生への理解を広げていくために、ネットワーク作りの一端を担って行きます。
(孫 美知)
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歩行空間バリアフリーネットワーク研究会
「バリアフリー歩行空間ネットワーク研究会」がスタートして、一年になりました。 研究会では三重県バリアフリーのまちづくり条例をはじめに、梅が丘小学校五年生の取り組み、桔梗が丘のまちづくり事例について学習しました。
高齢者と障害者の方をゲストに招いて、直接話しを聴かせていただきました。続いて、上野市と名張市の歩道の現地調査をしました。
予算があるから、何かをしようと始めた会ではありません。「高齢社会に対応し、安全で安心して移動できる歩行空間の確保は健康づくりと環境貢献という新たな価値創造につながる重要な問題である」という住民の提案に、行政、NPOが賛同し、自主的に取り組みました。
実際に歩道を歩いてみると、さまざまな課題が見えてきました。整備されている箇所と整備されていない箇所があり、連続性がないこと。整備を忘れたかのように、危険な箇所があること。道路や隣接している私有地の関係で幅が狭いこと。点字ブロックが連続していないこと。歩道の不法駐車、ごみ、看板等が通行のじゃまをしていること。車いすでは上がることのできない段差。歩道の街路樹。
高齢者、障害者だけではなく、すべての人の移動を妨げていることがわかります。調査をしてみないと、実感できないことでした。
上野市の歩道調査では、どのように調査をすることが評価をしやすいのかという「予備調査」になりました。名張市では桔梗が丘の住民の方々と共に歩かせていただき、実際に生活している方々の目線で調査をすることができました。住民の方々からは
「自分たちで調査してみて、危険な箇所を再確認することができた。」との意見がありました。
社会福祉法では地域福祉の主体として、「地域住民」を位置づけています。今後は地域の問題は地域で考え、解決していくということが求められます。地域での活動へ広げていくための一端を担うことができたのではないかと、思っています。今後は住民の方々が地域の「みちづくり」を考える時、研究会で培ったノウハウを持って、参加させていただくことができると思います。
二年にわたる研究会の活動を報告書として、まとめています。
参加者から
「バリアフリーはあたたかい人の心がない限り、存在しない。」というメッセージがありました。この取り組みがその人自身の生き方に、確実に影響を与えているのだということを実感しました。
歩行空間は点と点を結ぶ線です。研究会も人と人がつながり、人的ネットワークが構築されました。このつながりを大切にして、バリアフリー環境創造のために、さらなる前進をしていきたいと思います。
(孫 美知)
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人権という視点をもって・・
熊本県にある宿泊施設でハンセン病元患者の宿泊を拒否していたことが社会問題になっています。病気の後遺症で顔や手足が変形することがありますが、日常生活の中で感染することはありません。患者は一九三一年に制定された「らい予防法」により隔離され、施設での生活を余儀なくさせられてきました。強制隔離され人権侵害を受けたと、「違憲国家賠償請求訴訟」を起こして、最初に声をあげたのは熊本県でした。
ハンセン病元患者は心の中にたたみこんできた思いを語り始めました。「二度と同じ過ちを繰り返すことのないように」との願いをもってのことだと思います。その思いが伝わることなく残念でなりません。
地域福祉が推進されている中で、住民の「自己選択・自己決定・自己責任」が求められています。選択肢の中から自分で選び、決定する権利があります。その決定したことについての責任も自分がとらなくてはなりません。
宿泊施設は「泊めない」選択をしました。そして、ハンセン病患者に深い悲しみと憤りと不信感を与えてしまいました。決定することによって、どのような結果がもたされてしまうことになるのか。決定する前に考慮する余地がなかったのでしょうか。少なくとも、悲しむ人が、犠牲者が出てくることが想像できる選択はしないで欲しいと心から願っています。
社会にはハンセン病元患者の宿泊拒否のような偏見や差別がまだ残っています。ひとり一人が個人として尊重される社会になるためには、自分の問題として考える姿勢がなくてはならないのではないでしょうか。
2003年11月11日から12月10日まで、三重県は「差別をなくす強調月間」でした。上野市と名張市の小中学校で「こころのバリアフリー」についてお話をさせていただく機会がありました。自分とは違うさまざまな人たちの存在に気がつくこと。認めることが大切であることを伝えてきました。
そのためには多くの出会いをとおして、体験から語られることばに耳を傾ける機会をもつことが必要です。また、知識をもつことが、何が正しいのか、正しくないのかの選択をする判断材料となります。
人間は語り合い、理解することから、お互いの存在を認めることができるようになるのではないでしょうか。まずは知ること、知ろうとすることが大切です。知らないことで、場合によっては犠牲者を作りだしてしまうことがあります。子どもたちには二度と同じ過ちを繰り返さないためにも「知ること」を心がけて欲しいと思っています。
同夢は社会にある人権のバリアを取り除いていく活動を継続していきます。常に「人権という視点」をもって、今年は社会的な責任を明確にする体制を作っていきたいと考えています。
ご支援をよろしくお願いいたします。
(孫 美知)
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子どもたちとの再会から・・
六年生の子どもたちから「在日外国人」への質問に答えてほしいという依頼がありました。電話をして下さったのは上野市立神戸小学校の担任の先生です。
二月に五年生だった子どもたちに「バリアフリー」の話をさせていただいたのがご縁で、声をかけていただきました。神戸小学校では六年生が「外国人」や「バリアフリー」などのテーマ別に分かれて学習する時間をもっているそうです。授業では「在日外国人」を勉強する子どもたちの中に「バリアフリー」を学習する子どもたちも入ってくれて、今回の私の話を聞いてくれました。
あまり学級では発言をしないひとりの子どもが「在日外国人の障害者の中に、障害者年金をもらえない人がいるのはおかしいと思います。」と言ってくれました。修学旅行でリバティ大阪へ行ったときに、そのことを知ったそうです。小学校六年生の子どもが大人でも見落としてしまうことに気がついてくれたことに、心からありがたいと思いました。
在日外国人には「国籍条項」などの壁があり、制度が適用されていなかった期間がありました。受給資格が認められない人たちも多く、年金制度のバリアは在日外国人差別のひとつでもあります。
今、少女は自分の住んでいるまちがバリアフリーになっているかを先生や友だちと調べているそうです。「病院の電話ボックスは車いすが入るようになっているが、ドアは外開きなので、車いすの人には使いにくい。重たい。引き戸にした方がいい。」「郵便局にある身体障害者駐車場は入口の近くにはある。でも道路沿いにあるので、もしトラックが侵入して来ることなどがあったら、危険である。」と物理的なバリアを的確に指摘するということを先生から聞かせていただきました。
少女は 「バリアフリー」と出合い、車いすで生活しているおばあさんのことやさまざまな人たちの存在に気がつきました。自分のまわりの人たちを大切にすることを知りました。その人たちが抱えている問題を、見落とさず、自分の問題として考えることができるようになってきたのではないかと思いました。
静かで、目立たないのだけれども、存在感があり、私は何度も彼女に視線を向けてしまいました。彼女のひたむきな気持ちが伝わってきたからです。
バリアフリーを通して、子どもたちと出会うたびに、学習をさせてもらっているのは間違いなく私自身です。そして、子どもたちの成長を聞かせていただくことが活動を継続していく「原動力」にもなっています。あらためて自分自身を見つめ直す機会にもなります。多くの子どもたちと出会えたことに、再会に・・感謝しています。
(孫 美知) |
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