名張発・「ゆるやかな協働を考える」市民会議
第3回 改善案の検討
開催日時:平成16年12月16日、午後2時〜午後4時
開催場所:名張市勤労者福祉会館
出席者:(敬称略、順不同)古澤靖之、小島 敏孝(名張市総合企画室)
松下 英子(名張市まちづくり支援室)、橋本 裕徳(名張市市民活動支援室)
長山 富巳子(名張市研修相談室)、竹田 久夫(三重県伊賀県民局NPO担当)
孫 美知(事務局)、中司 治男(事務局)、金 憲裕(提案者)、
松井真理子(総合アドバイザー:四日市大学総合政策学部助教授)
(司会)
〇 皆さんこんにちは。ただ今より第3回目の市民会議を開催致します。本日は、まず、四日市大学総合政策学部松井真理子助教授から行政の役割と限界について説明をして頂きます。その後、協働とは何かというテーマについて意見交換をお願いしたいと考えておりますのでよろしくお願いします。それでは松井先生よろしくお願いします。
(松井先生)
〇 皆さんこんにちは。第1回第2回の会議に参加できなくて心苦しく思っておりました。
私がこの会を特に評価しているのは、行政側から働きかけたのではなくて、市民側が声をかけてスタートしていることです。そして、参加者は行政、市民半々で、一緒に協働について考えていくということですから、このような会議は県内でも非常に珍しい先進的なものだと思います。
本日は行政の役割について考えるということをお聞きしましたので、話し合いの前提として、行政の役割を歴史的に踏まえておいた方がいいだろうと思いましたので、ごく簡単にご説明したいと思います。(資料は別紙のとおり)
○ まず、名張市が進められている新しい公ですが、公というのは昔からありました。しかしそこに新しいという言葉がついています。これは昔とは違う公のあり方が求められている時代になっているということです。
今までは、公=行政であったけれど、これからはわれわれ市民も、NPO、ボランティア、自治会なども行政と一緒になって公を担うんだと説明されています。しかし、では具体的には、誰が何をどの程度までするのか、そのお金はだれが負担するのかなど、一歩進んで新しい公とは具体的にどうすることなのかということは、実はわかっていないんです。「みんなが一緒にやる」というのは何となくわかるけれど、具体的なことは誰もわからない。行政もわからないし市民もわからない。理論的には大きい枠組はあるけれど、実際のところは手探りでやらざるを得ない。誰もやったことが無いのでお手本がないんです。そのことを最初にはっきりさせておきたいと思います。
〇 行政の守備範囲とはどこまでか。結論から先に言いますと、決まったものはありません。これが結論です。
まだ近代的な国ができていない大昔は、明確な行政というものはありませんでした。もともと公共的な分野は住民自身が担っていました。また資本主義の発達とともに成長してきた企業は、規制のない自由な経済活動ができる環境を求めましたから、当時整備されてきた近代的な国家は、国防、外交、警察、司法など、国の秩序を守る最低限度の役割を担いました(これを夜警国家=小さな政府といいます)。これは国の場合ですが、このような分野が最低限度の行政の範囲ということはできるでしょう。これらの行政領域は、2度の世界大戦によって、各国とも量的に拡大していきました。
○ ヨーロッパ、例えばイギリスなどでは、もともと福祉の分野はNPOが担っていて、行政にはそのような分野はありませんでした。しかし人口増加、多様なニーズによるサービスの量的・質的増加に伴い、NPOでは対応し切れなくなってきます。こうして次第に行政が福祉の分野を担うことになるのですが、特に戦後は、「揺りかごから墓場まで」というスローガンがあるように、行政が何でも担うのが当然という考え方が主流になります(これを福祉国家=大きな政府といいます)。NPOはこの時期は、むしろ否定的な扱いを受けているのです。
○ しかし1970年代頃から、何もかも行政が担うのでは、財政的に立ち行かなくなってきました。このような財政的動機が要因となって、1980年代頃から先進諸国の間では、再び「小さな政府」を目指すようになります。最近よく言われるニュー・パブリック・マネジメントという民間的手法の導入や、公共サービスの民間委託など民営化推進も、その路線上にあるといえます。行政の仕事は最小限にとどめ、現場の仕事は民間に任せて行政は意思決定をすればいいとか、行政がやる場合も民間との競争を経てから行うなど、「小さい政府」を目指しています。
〇 最近は、補完性の原則、協働、新しい公などの言葉が流行です。特に行政は、補完性の原理が大好きです。これはどういうことかというと、住民は行政に対してあれこれ要望する前に、自分たちができることはまず自分たちでしてください。できなければ行政がする。行政についても、まず市町村がして、市町村ができなければ県がやり、県ができなければ国がするというような、公共サービス提供者の段階的な役割分担の話というふうに説明されます。しかし、この考え方には疑問もあります。そもそも補完性の原理が登場してきた時には、そのようなサービスの提供主体の関係のことを言っているのではありませんでした。主役はあくまでも市民であり、その市民が政治・行政にどう関わるかという視点から、最も参加しやすい単位として、まず市町村などの基礎自治体、それから広域自治体、そして国というふうに、民主主義のあり方の原理として補完性の原理は主張されました。基礎的な自治体が、いかに市民にとって重要であるかということを強調するためです。しかし今日本の政府は、そのことを全く言わず、ただサービスの役割分担の話だけに矮小化しています。しかも、市民と行政の役割分担を明確にしないまま、ただ安上がりにするために、サービスを住民に肩代わりさせようという意図が色濃く出ています。
〇 協働についても問題があります。行政は市民と対等な立場でやると言っていますが、そもそも行政と市民が対等というのはおかしい。市民は税金を払って行政に仕事を委託をしているのですから、市民が上位にくるはずです。またNPOなどとの協働においても、対等とは気持ちの問題にすぎず、財源、情報量などちっとも対等ではありません。
〇 しかし、今のままでは行政はやっていけないのは事実です。名張市もそうであるように、財源には限りがあります。また市民側も力をつけてきていて、今の行政に不満を持っているだけでなく、NPOなど実際に公益活動に主体的に参加するようになっています。ですから「新しい公」ということが言われるのです。どのようにして、みんながいいまちづくりをしていくのか。今まで当たり前と考えられてきたルールはすべて見直すことも念頭において、新しいルールを市民と行政が手探りで一緒に作っていくことが必要な時代であると理解しています。
(意見交換の前に松井補足)
○ 新しい時代に入ってきて、行政と住民との役割分担について抽象的に考えるのではなくて、今現実に困っている公民館、自治会の問題などがその本質だと思うんです。ですから現場で困っていることを、住民と行政が一緒に考えていくことが新しい公や協働を作っていくことだと思うんです。
○ みんなでワイワイガヤガヤと意見交換していることは全て大きな問題だと思っています。新しい公という抽象的なものではなく、今地域の中で起こっている問題が、新しい公を示唆している。だからこういう会の意味あいが大きい。
○ たとえば、道路に猫が死んでいる。誰がかたづけるのか。今までのように行政なのか、市民なのかという議論が新しい公の出発点です。
○ 市民の中でも主体的な市民とそうでない市民がいます。たとえば、行政は会合を呼びかけても出てこない市民に不満を持っている。でも市民は主体的に参加すべきだという理念でものを片付けるのではなく、どうして出てこないのかという検討からスタートすると、市民の実感を伴う本音の議論に近づくのではないか。
(自由な意見交換)
○ 公民館の地域委託をされているが、地域づくり委員会の役員報酬の仕組みがないので継続性が疑問。
○ 最初、名張から地域交付金を一括してもらったが、使い道は地域で決めてといわれた。ところが地域は年中行事が決まっている。例えば敬老の日には、70歳以上の高齢者に一律2千円を支給していた。地域に決めろと言われて、会議を何度も開催し総意を作ろうとしたが地域の課題は拡大している。だから、減額提案をしたところ、市民から「今までもらっていたのに何でや!」と強い反発を受けた。
○ 自分たちができることは何か、どこまでか、ということを最初に考えてできないところは行政にやってももらうように考えるようになっていくと思うが、今のところ行政がやらなければならないことを地域に丸投げをしてきたと批判する市民の声も少なくない。
○ 日本の公務員は世界比較では少ない。それは、地域の自治会とか町内会が行政を支えてきたとい事実がある。
○ 地域の現状はいろいろな会合があるが、顔ぶれがほとんど同じ。少数の人が担っている。
○ 負担をかけている役員さんの報酬はどうなっているのか。
○ 地域づくり交付金は、使途の仕分けを地域に任せているので丸投げという批判を聞きます。役員さんの報酬も地域でなかなかコンセンサスがとれないので無理をしてもらっている現状です。
○ 今までの行政と市民という関係が今では、地域の中で市民対市民となってきているので役員さんのご苦労が多いのをよく聞いている。
○ このような問題解決などのため、各地域づくり委員会が寄り集まって、地域づくり協議会を立ち上げ、その中で情報交換を促進し、共同の指針作りをしようとしている。
○ 地域の中で後ろ盾になるものが欲しい。地域の住民が「役員さんは大変、少しぐらいお金を出し合って報酬を」と言ってくれるような構図を描く必要があるのではないか。
○ 予算作りは地域で自由に決めてということですが、今まで行政がやってきた事業が止まったものはあるんですか?
○ 敬老のお祝い金などの行事は、地域委託の時点で、行政の仕事ではないと判断されたんですね?
○ 今まで当地区の公民館職員は3人でしたが、地域づくり委員会に委託されてからは8人体制になっている。しかし、役員は無報酬のうえ、勤務時間というのか夜遅くまでかかわっている。こんな状態では続かない。それと、この交付金の制度が期の途中から導入されてきたことから地域で総会で決めた子ども会、老人会などは非常に困惑した。予算は地域の中で行事とされているものはやめられない現実があり、報酬の話は地域では怖くて話せない。
○ どこまで役員報酬を決められるのかという課題について行政からは言えない。
○ 公民館委託の職員給与はひとり300万円にしているそうですが、この根拠は何ですか?
○ 名張市職員の70%ということを聞いています。
○ 名張市が公民館を管理していたときは休祭日は閉館、定時終了でしたが、地域委託になってから休祭日は開館、終了時間もよる9時ぐらいと聞いていますが・・・・
○ 地域住民が関わって、そういうことで地域をよくなって行く事ですから・・・
○ でも、この状態では何年も続かないとおもいますね。地域では朝・昼・晩と色々な会議があり、しんどい状態が続いている。がんばっている地域に励みになる仕組みが必要ではないか。
○ 名張市の取り組みは、試験的にやっていることですね。無責任な言い方になるかも知れませんが、今行政でやっていることを地域に委ねていくことで、人も人件費も減っていくことですから、今後は地域づくり予算をどのように増やしていくのかとか、大体ボランティアは継続性に乏しいですよ。今後は無償ボランティアではなくて有償ボランティアにシフトして、長く関わっていただいて責任感とか使命感を養っていける仕組みが大切だと思います。特に後継者づくりという観点からも地域づくりを考えていかねばなりません。もし、手弁当でやっていただける方がいなくなったとき、地域は交付金を使って事業を進める人がいないことになります。ですから、先ほど言いましたように試験的ということですから、現在進めている交付金の使途についても含めた予算の仕組みを進化させて行かないといけないと思うんです。今後団塊の世代が地域に帰ってくることを考えると、そのことを行政が指導するのではなくて、地域で手弁当、無償ボランティアもありますが、この予算は有償ボランティアでどうですかという議論をしていかないと、という気がします。
○ 地域づくり協議会でも話が出ています。行政が決めることもできないので、地域で十分な話し合いができるようにして欲しい。
○ 市内で14地区ありますが、地区間でばらつきが大きすぎる気がします。
○ 名張市は名張市内での地域分権をどこまで考えているんですか?将来、例えば公園管理、道路管理まで展望してミニ自治体を考えているのであれば、行政内の仕事をどんどん渡していけばいいし、そうなると今のような無報酬や無償ボランティアに支えられた現状では継続が難しいと思うんですが・・・、それともしばらく様子見ということなのでしょうか?と同時にうまくいっている地域はたまたまできる人がいたからできたのかどうかという事も大事な視点だと思うんですが。
○ 私は前回の順位付け一位に、「住民自治の現状と将来像」に変えたんです。もっと地域でどんなことがされているのか知る必要があると思うんです。うまくいっている地域にリーダーがいる。うまくいっていない地域があるとしたら、どういう支援が必要なのか、どういう人的サポートが必要なのかをもっと探って行かないといけないと思うんです。現在、市が把握していないこと、地域ではこんなことをしてくれているのかということをきっちりと地域の現状を検証し直して行くことが大事だと思うんです。これは、予算の着く前から実行されていて、住民からは人件費的な要望はないけれど、当然のことながらやって行って自分たちが地域で暮らして生きやすければ当然のことながら住民は納得すると思うんです。その次に交付金が出たということで、これからもしたいけれど人的な資源がないのか、ないとするとするべきなのかどうかというように逆の視点からあげて行くことで行政の役割が見えてくるのではないか。最初から、「行政は何をするのか」ということを行政の側からできること・できないことでも行政はこうなんだとなってしまう。むしろ、逆なんだと。
○ 市民活動ってよく言うですが、地域づくり委員会は市民活動です。まず、補完性の観点から、まず当事者から考えて何ができるかということ、決定することが必要で、今、地域づくりを言っているのは行政機関だけで、決定に際しても行政機関だけで実行させているのは住民自治からいえば反対ですね。表裏一体ななんですがね。
○ 点検作業というか、今やっていることを検証する作業から入って行く意見はそのとおりですね。その点検作業は具体的にどのようにして行けばいいのではないでしょうか。大事なことで事実からスタートして現況で、何が新しい制度で変わっていって、可能性が見えてきていていうところが名張での現状に踏まえた行政との関係のあり方ですね。地に足の着いた作業です。今これから構築するためにどんなことができると思いますか?
○ 地域によって変わってくることですね。人との接点をどのように見出して行く上で、とりあえず、一律的にやって行くしか方法がないのではないか。地域づくり協議会で活動の報告をし合ったり、現状で課題があればアドバイスをもらったりしてもらったらいいのではないか。そこで、そのところをもう少しきめの細かく、役割を担うという視点を持つことが大切ではないか。今はどちらかというとうちの地区はこういう活動をしていますというグループ活動のような事業をしているんですが、そこを工夫して、掘り下げて、全面的に予算を指定しなくても、地域でできるようであれば、予算を渡しますよというようなことが可能であれば、どこまで出来るのかということで一歩進むのではないか。そうなると、そのすりあわせを協議会にゆだねて行くのも検討することではないのかなと思います。
○ そうなると、行政は避けて通れませんね。
○ 先ほどの話の中にありましたが、私も県で協働事業に関わっています。従来ですと事務局を県職員が担うということでしたが、それが違うだろうという話になってきて、それではどんな作業が事務局の仕事かを検討しましたら、企画からまとめ、連絡・調整など手間がかかることがわかりました。委員会でもこういう作業をこれぐらい時間をかけてこれくらいやったらこれぐらい報酬が必要なあと言うようなみんなが納得できる話し合いが必要ではないか。
○ 名張市は地域づくり支援と言うことで「地域づくり推進チーム」というプロジェクトが動いています。しかし、行政職員が地域に入っていっても限界があります。だから、地域で活躍されているリーダーを他の地域の支援をしてもらう仕組みを考えたらどうでしょうか?そのかかる費用は市が負担するのか、どうかとか、何でも行政がいつまでも介在していくことを善しとするのはどうかという言うことややはり行政の発想の枠からは抜けきれない限界があると思うので検討の余地があると思います。
○ 行政職員には分からないことなども同じ住民と言うことで分かち合えるのではないか。
○ 推進チームといっても行政職員は地域に入っていけないので、これからのあり方は考えていかないといけない。
○ 推進チームはその地域の住民という側面もあり、先ほどの地域の現状チェックはその人たちにしてもらったらどうか。特に何がどこまでどのように進んでいるのかという視点は行政の人間でないとわからないこともあるんではないか。特に現状の点検作業は時間がかかるし、結構労力を要するので、この推進チームをそこに活かさない手はないなと思います。
○ 当地区の場合、3人は相談に乗ってもらったり、支援してもらうが、その他の人とは距離がある。それと助けてもらい機会が少ない。だから、11人のチームであっても人数がじゃなくてもいいと思うが・・
○ 何を言っても出てこない推進チームのメンバーが居て、職員評価の中でそこの点を入れて欲しい。
○ 市民と一緒にあたらしい公を作っていく。行政職員も地域の一市民であるのにもかかわらず、一回も出てこないし、市民から質問されても黙っている。職員はコストがかかっているので、無駄があるのではないか。この制度は8年前、地域からの要請で出来たチームだが、中に役割を担えない現状を考えると、この仕組みは進化させないといけない。
○ 平成8年からの制度で、現在は制度疲労している場合もある。実験的事業なので、再検討してはどうか。
○ 推進チームが呼ばれない地域がある。
○ 職員の仕事として一所懸命関わっているレベルから、役所仕事でなく地域の住民と一緒に達成感を感じたり、保有能力を発揮している職員をまちづくり委員会に取り込んでいくのも大切なことだとおもうですが・・・。
○ 地域とのパイプ役として位置づけられているが、直接、役所の担当室に行けば早く対応してくれる。再検討・・・。
(まとめ)
○ まちづくり交付金がつけられたことで良いインパクトになって新しい可能性が見えてきた。
○ このチャンスを具体的にどう形づけていくのかが今後の課題。
○ 市職員が公務員、地域住民の二つの顔を持っていると言うのは、全国共通のことでもあります。
○ 職員評価をまちづくりの中でどう具体的にしていくのか。
○ 推進チームが制度疲労しているのではないか。
○ 以上のテーマが拾える目があった会議であった。