沖縄のバスの歴史とバス観光

沖縄バス

車社会といわれてずいぶんと長い沖縄。そんな沖縄だからこそ、バスは県民の足として今でも親しまれています。でも、あまりにも身近な存在であるだけに、県民にもあまりよく知られていないのが、その歴史です。

そもそも日本のバスの歴史ってどうだった?

そもそも、日本のバスの歴史は明治36年9月20日に京都で始まった乗合自動車の運行からといわれています。運行が始まったのは、乗合馬車の方が自動車よりも圧倒的に数が多かった時代。実際に運行したものの、車両の故障や、乗合馬車からの妨害などもあり、この時代にバスが庶民の足として浸透することはありませんでした。

庶民の足としてバスが市民権を得るようになったのは、大正時代のことです。この頃になると、自動車の故障も減り、人々の間からもバスに対する信頼性が高まってきました。でも、この当時は、まだバスと呼ぶには程遠く、数人乗りの小さな乗用車を使った乗合自動車としての運行でした。

この状態から一気に現在のようなバスの運行に変わったきっかけは、くしくも大きな被害を及ぼした関東大震災でした。この震災によって、それまで大人数の移動として主流だった路面電車に大きな被害が及びます。そのため、応急処置として800台余りのバスを一気に導入し、運行を開始したのが、現在の路線バスの原型となったのです。

沖縄の路線バスの始まり

沖縄の路線バスの歴史は、戦前に那覇‐名護間を結んだのが始まりです。実はこのバスの運行を始めた人物というのが、名護出身の山入端隣次郎氏。彼は、アメリカから帰国した後、当時アメリカで開発されたフォードモデルT(通称・T型フォード)を購入。沖縄自動車を設立して、那覇と名護を結ぶ路線バスの運行を開始したのです。

山入端氏の路線バスの運行が成功したことを受け、その後複数の事業者が、同じ区間のバス運行を始め、さらに別の区間でも路線を開設されるようになりました。

ちなみに、この時期に沖縄本島唯一の市営バスを首里市が設立。これによって、1935年1月からは、那覇‐首里間を結ぶ路線バスの運行が始まりました。

戦後の沖縄では最大14社の事業者が存在していた!

終戦後の沖縄は、米軍統治下にあったため、最も早く運行が開始されたのは、米軍政府運営の公営バスでした。この時代は、沖縄本島に7路線が設定されていたのですが、使用された車両は、米軍から払い下げられたGMCトラックの改造車でした。

その後、米軍政府運営の公営バスは、1950年に民営化され、沖縄バスが設立されました。さらに、占領地救済資金であるガリオア資金によって日本から59台のバスが輸入されると、それに合せるようにして多数のバス事業者が設立されました。そのこともあり、この当時の沖縄には、なんと14社のバス事業者が存在していたといいます。

さすがにこの乱立状態は長く続かず、1952年から1954年にかけて各事業者の合併が進み、最終的には、1964年の時点で、琉球バス、沖縄バス、那覇交通、東陽バス、首里バスの5社のみとなりました。

沖縄本土復帰の象徴・730バス

戦後、アメリカ軍の統治下にあった沖縄は、1945年から1972年までの27年間にわたって、社会生活のベースがアメリカ社会と同じようになっていました。この当時は、バス運賃もドルで支払っていましたし、車も左ハンドルで右側通行でした。いまでは、乗降口が車体の左側にあるのが当たり前の光景ですが、当時の沖縄では、すべてがアメリカ式でしたから、乗降口も車体の右側。

そんな生活が27年も続いたため、沖縄の人々にとっては、「右ハンドル・左側通行」は未知の文化。それでも、沖縄の本土復帰によって日本国となった沖縄では、これらのアメリカスタイルを続けることは不可能です。

とはいえ、長い期間慣れ親しんだ沖縄でのアメリカ式慣習を、すぐに日本式に変えるということは大きな混乱をもたらすため、「右側通行から左側通行への変更」においては、本土復帰の6年後に行われることとなります。こうした、本土復帰のための一大プロジェクトを、「730(ななさんまる)」と呼ばれるようになり、その象徴となったのが、730バスというわけです。

そもそも730バスってなんだ?

本土復帰によって日本の法律に基づいた社会整備のためのプロジェクトを「730」と呼ぶのですが、バス業界においての730プロジェクトの象徴となったのが、「730バス」でした。

730バスの特徴というのは、「右ハンドル・左側乗降口」。そうです。現在沖縄で走っている路線バスの形こそが、730バスの特徴なのです。本土では、あまりにも当たり前すぎて、「これが戦後復帰の象徴?」と思うかもしれませんが、左ハンドルで右側乗降口のバスが27年間も走っていた沖縄にとっては、社会問題となるような大きな変化。だからこそ、「本土復帰の象徴」として語り継がれたというわけです。

沖縄の730バスは、その後も長きにわたって人々に親しまれてきましたが、車両に使われてきた部品が生産停止となり調達困難となったため、現在では、沖縄バスと東陽バスが各1台ずつ所有しているだけとなりました。

実は730バスは、今でも定期運行をしています。毎週日曜日のみの定期運航となっていますが、当時の沖縄の風景を物語る貴重な車両ということもあり、バスファンの間では、未だに人気があります。

沖縄のバスはレトロ感が人気!

沖縄観光

沖縄のバスには様々な歴史がありますが、今も尚走り続ける旧型のバスはレトロ感がありバスファンだけでなく多くの観光客にも人気があります。

沖縄は車社会と言われていますが、今も尚バスを使って生活している沖縄県民も沢山いますし、観光の足としてバスを利用する方も多くいらっしゃいます。

また、観光としてバスを利用する際は空港リムジンバスもオススメです。空港リムジンバスの乗り方や路線、沖縄の旅行情報などについて参考になるページ>>

沖縄で活躍するバス以外の乗り物

ゆいレール

沖縄にはバス以外にもゆいレールやタクシー、マリカーにトゥクトゥクといった変わった乗り物までありますので、沖縄を満喫する上で自分に合った乗り物を探してみてはいかがでしょうか?

マリカーやトゥクトゥクは目立ちますので乗っていると沢山の視線を感じますが、沖縄の風を感じながら乗る事で爽快感を感じる事ができるのでオススメです♪

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